「自分に『嘘』はつきたくない」
僕は、自分の信じる農業をしたい
農家になる前、農家の父はこう言っていました。
「農業は『量をたくさん』『規格に合わせて形のいいものを』『安定して出荷』することが大事なんだ。」
農業を始めてから、業界のベテランたちはこう助言してくれました。
「ある程度妥協しないと『たくさん』作れないよ。『規模を大きくする』ことが一番重要なんだ。」
確かにそれは正しい。
彼らの言葉には経験が詰まっているし、その方法で成功を収めてきた農家がいることも知っています。
僕も言われた通り、勉強した通り、『量』を追い求める農業をしてきました。
でも、僕は月日を重ねるうちに、胸の中に問いが生まれ、膨らんでいきました。
「どうして農業なのに『味』が置き去りにされているのか?」
「どうして『味』ではなく『量』を追求するのか?」
「どうして『量』を得るために、それ以外を犠牲にしてしまうのか?」
「どうして『おいしさ』を追い求める挑戦が軽視されるのか?」
そして何より――
「どうして『農業はそういうものだ』と諦めてしまうのか?」
僕は、『量』よりも『味』を追い求めたい。
「どれだけたくさん収穫できるか?」ではなく、「どれだけおいしいと言ってもらえるか?」で農業を語りたい。
「規模を広げること」ではなく、「お客さんの幸せ」を基準にしたい。
農業とは、ただの生産ではないはずです。
それは、人々の心に触れ、日常に彩りを与えるものだと思っています。
だから僕は、『自分の信じる農業』を貫きたいのです。
たとえその道が険しくても、妥協せず、一歩一歩進んでいきたい。
僕の信念の先にあるのは、「本当においしい」と言われる一瞬の喜びです。
これが、僕の農業の『信念』です。
寺本 直人
「信念」をもっと詳しく
僕は、「現在の農業では主に『収穫量を増やす』ことを中心に栽培されている」と思っています。
これはもちろん素晴らしいことだと思いますし、『収穫量を増やす』農業をすることで、僕たちの食卓にはいつも十分な量のご飯やお肉や野菜を並べることができていると思います。
そのためか、これまで農家という形で農業に携わってきましたが、「味のことを考えて栽培しているよ」といった声をほとんど聞いたことがありません。
農業学校で習うときも、農業指導の現場でも、「味をよくする栽培法」よりも「収穫量を上げる栽培法」ばかり聞きます。
イチゴやシャインマスカットなどの果物では「味をよくする栽培法」を聞きますが、それも「味をよくする栽培法」というより「出荷基準を満たす(一定数値以上の糖度など)栽培法」の印象があり、美味しくするとは別のことと感じています。
また、実際おいしい野菜や果物を栽培していてもあまり評価されません。出荷先から求められるのは、「品質」であり、「安定性」であり、なにより「量」で、「味」はあまり求められていないからです。
実際僕がこれまで出荷した中で、出荷先から「綺麗なもの作るね〜」や「この調子でたくさん出荷して!」と褒めていただいたことはありますが、「おいしいね〜!」と評価をいただいたことはありません。
そんな中でいくら「味」にこだわった栽培をしても、「お金を稼ぐ」ことにはつながりません。
どれだけおいしいものを作っても、値段が上がることはほとんどありません。僕が作った野菜も、色んな方々から「おいしい!」と言われても、出荷先で味が評価されて値段が上がったことはありませんでした。
そのため僕も「ちょっとくらい味が犠牲になってもいいから、量を取れる栽培方法をしよう。仕方ないよね。」と目を瞑りながら、半ば諦めながら栽培していました。ずっと自分に『嘘』をついていました。
しかし、本当にそれでいいのでしょうか?『食べ物を作る』職業として「ちょっとくらい味が犠牲に」なんてほんとにいいのでしょうか?
僕がやりたい農業は、『お客さんから「おいしいね!」といてもらえる』農業であり、『お客さんをちょっとでも幸せにしたい』農業です。
そのためには、やはり「味」を最重要した「おいしい」を追求する農業を目指しました。果物でも「味は出荷基準を満たせばいい」ではなく、「お客さんを感動させるほどおいしい」果物を作りたいです。
おいしくするために、「量」をとるだけだったら使わなくていい肥料を使ったり、やらなくていい栽培技術を用いたりして、おいしくなるような栽培をしています。手間もコストもかかることをしています。
「出荷基準を満たす」だけではなく、「お客さんを感動させるほどおいしい」果物や野菜を作りたい。そのためには、手間もコストも惜しまず、必要なことをすべてやる覚悟があります。
お客さんに「おいしいね!」と言ってほしいから。お客さんに「おいしい幸せ」を届けたいから。
「もう自分に『嘘』はつきたくない。たとえお金にならなかったとしても、手間とコストがかかって大変だったとしても、僕はお客さんに『幸せ』を届けたい。」
これが、僕の信じる農業です。これからも、この想いを大切にしていきます。